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2018/05/30

テロは脅威だが、重大視し過ぎてはいけない

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間違った「定説」が誤った解釈を生み、世界を見えにくくさせる

政治家や外交官、官僚、研究者ら地政学の専門家たちにも広まっている「定説」は、インターネット上に限らず、新聞や雑誌、本においても、いくらでも見つけることができる。

たいていの「定説」は事実から生まれるが間違いも多く、それが誤った解釈を生み、私たちが世界を正しく理解することを妨げているのだ。

なぜ、それらは間違っているのか?
その裏には、いったいどのような事実が隠されているのか?


今回は、リベラルアーツシリーズ『最新世界情勢講義50』から、トピックを厳選して紹介したい。
世界の本当の姿を知る、
あるいは、賢い情報の扱い方・疑い方を考える機会としていただければ幸いだ。

連載一覧(順次公開)

▶ 専門家に聞いても国際情勢は理解できない
▶ 「オバマがアメリカを弱くした」という批判は見当違いである
▶ ドナルド・トランプこそがアメリカを弱体化させている
▶ テロは脅威だが、重大視し過ぎてはいけない
▶ 本に書いてあることが正しいとは限らない

よくある思い込み

テロの脅威が叫ばれない日はない。
メディアでは政治指導者も専門家も、国内外の安全に関する最大の懸念はテロだと言う。
テロの脅威は日常的に存在し、私たちの暮らしを変えている。

テロは脅威だが、重大視し過ぎてはいけない

確かに、テロは従来の戦争とは違い、日常の活動―移動、仕事、買い物、娯楽―の最中に私たち1人ひとりを襲うおそれがある。
テロから逃れられる場所はなさそうだ。
そのことを痛感させたのが、2015年1月、パリのシャルリ・エブド社とユダヤ人向けスーパーマーケットを襲ったテロの悲劇だった。

また、アメリカの経済力の象徴だったワールドトレードセンターさえ倒壊させられたという事実は、テロに対するどんな予防策も万全ではないことを物語る。
テロリストは自由自在に移動し、場所と時刻と標的を選び、何十回失敗しようと、たった1度成功すれば十分なのだ。
そのうえ、テロは誰にでも実行できる。
この種の企てを実行する方法には、費用も技術もさほど必要でないからだ(手作り爆弾の製造法はインターネットでも調べられる!)。
それだけに、常に危険と隣り合わせだという意識が高まる。

それでも、派手な外見はさておき、テロ攻撃の人的・物的損害は一般に、従来の武力衝突や一般市民への空爆に比べれば、かなり少ない。
ワールドトレードセンターとペンタゴンへの攻撃は心理的に大きな衝撃を与えたが、それはアメリカ本土に攻撃が加えられたからのみならず、何よりも犠牲者の数が膨大で(3000人近くが死亡したことに首謀者さえ驚いた)、テレビ中継を見ていた何百万もの人々が世界中で同時に体験したせいだ。
それによって多数の人々が被害者との間に一体感を抱くこととなった。

フランスの日刊紙『ル・モンド』は「私たちは皆アメリカ人だ」という見出しをテロの翌日に掲げた。
つまり、このテロ行為とその成功が与えた影響は、何よりも心理的なものだったのだ。

早くも1962年に、レイモン・アロン(訳注:1905~1983年。フランスの哲学者、社会学者、ジャーナリスト)はこう書いている。
「テロとは、物理的な影響よりも心理的影響が桁外れに大きな暴力行為を言う」。
彼の言葉は、メディアが発達した今日、なおさら真実味を増している。

テロの脅威は現実である。それを否定してはいけないが、大げさに受け止め過ぎるのもまた、危険だ。
さらに、工業化された先進国ほど、テロを悲痛に受け止めがちである。
それは、自国が数十年来平和で安全だと思っているからであり、また、はるかに弱い国から仕掛けられた不釣り合いな戦いの脅威に、既存の武器では太刀打ちできないせいだ。

結局、世界を襲う危機をなくすことはできないし、ことにテロの脅威を一掃するのは現実的ではなさそうだ。
地政学では、リスクがゼロということはあり得ない。
近年、イスラム国(IS)によって、イラクとシリアの領土にテロの基盤が築かれた。
とは言え、テロの脅威は欧米諸国にとって、かつてのソ連の脅威と肩を並べるほど大きくはない。

最大の脅威は、テロをあまりに重大視して、生活の仕方まで変えたり、公的自由を制限し過ぎたりすることだ。
また、イスラム教徒全体を過激派によるテロ事件の犯人と同一視し、欧米の人々と敵対させるのも、同様に危険だ。
実は、それこそがイスラム国の狙いでもある。
彼らはイスラム教徒とその他の人々を分断させようとしているのだ。

欧米の人々は、テロの大きな危険と共に生きる術を学ばなくてはいけない。
すでに慣れ親しんだ他の危険―テロより多くの死者が出るものもある―と共に生きるのと同じことだ。
政府にとってみれば、テロを政治課題の中心に据えることで影響されやすい国民を感化し、兵士と費用の調達がしやすくなるのだから、過度な恐怖は政府に利用されかねない。

2016年1月、バラク・オバマは最後の一般教書演説で、イスラム国を敵として第三次世界大戦を戦うという発想を強く非難し、こう述べた。
「ピックアップ・トラックの荷台に詰め込まれた戦闘員や、アパートやガレージで策略をめぐらす変質者は確かに、市民に大きな危険をもたらす。
それでも、イスラム国が信じ込ませようとしているような、わが国の存亡に関わる脅威というほどではない」。

2016年のテロ事件の数(1万3488件)と死者数(3万4676人)は、2015年に比べてそれぞれ9パーセントと10パーセント減少した。
今日、テロによる犠牲は主にイスラム圏で発生し、ことに5つの国―アフガニスタン、イラク、シリア、パキスタン、ナイジェリア―に集中している。

テロ事件の87パーセントは中東とアフリカと南アジアで起きた
(中東と北アフリカに世界のテロ事件の55パーセントが集中している)。
2016年に西ヨーロッパでは269件のテロ事件が起き、238人が亡くなった。
その事件数が世界の総計に占める割合は2パーセントである
(数値はグローバル・テロリズム・データベース[GTD]の2016年テロ概観(Overview: Terrorism in 2016)[1]による)。

[1]2017年8月刊行のメリーランド大学START(テロリズム・テロ対策研究全米コンソーシアム)背景報告書(Background Report)より。

『最新世界情勢講義50』 Lecture 47:テロは脅威だが、重大視し過ぎてはいけない(pp.258-262)

Copyright (c) of the original French language edition 2017, seventh edition, Armand Colin, Malakoff.
ARMAND-COLIN is a trademark of DUNOD Editeur - 11, rue Paul Bert - 92240 MALAKOFF

最新 世界情勢講義50

著者:パスカル・ボニファス
出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン
ISBN:978-4-7993-2265-9

Amazon:https://www.amazon.co.jp/dp/4799322656
D21サイト:http://www.d21.co.jp/shop/isbn9784799322659


【連載一覧】(順次公開)

▶ 専門家に聞いても国際情勢は理解できない
▶ 「オバマがアメリカを弱くした」という批判は見当違いである
▶ ドナルド・トランプこそがアメリカを弱体化させている
▶ テロは脅威だが、重大視し過ぎてはいけない
▶ 本に書いてあることが正しいとは限らない

カテゴリ

社会科学

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