DISCOVER 21 LEBERAL ARTS COLLEGE

世界が変わる、世界を変える

search
open
 >   > インドネシアから見る”知られざる”イスラーム
2018/04/08

インドネシアから見る”知られざる”イスラーム

  • LINEで送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

はじめに

イスラームと聞いて、どのようなイメージを思い浮かべるだろう。

アル=カイダやISISといった過激派組織によるテロ事件、
お酒や豚肉を食べてはいけないといった厳しい戒律、
女性に対してヴェールの着用を義務付けるという男女差別や女性への抑圧
…などだろうか。


しかし、そういったイメージは表層に過ぎない。
実際のイスラームはもっと”奥が深い”。

この記事は、偏見を持たれがちなイスラームの実態を明らかにし、イスラームという宗教を見る上で新たな視点を得ることを目的としている。


我々日本人がイスラームに関する理解を深めるべき背景の一つとして、海外への事業進出がある。
現在日本の企業の多くは海外に支社や工場などを進出させており、その中にはイスラームを進行する人々が多く住む地域も存在するだろう。
イスラームに対する偏見を取り払い理解を深めることで、インバウンドにより訪日した人々や転勤・出張先の地域に住む人々と、より円滑なコミュニケーションを行うことができるだろう。


今回は、イスラームにおいて世界的に極めて重要な地域であり、日本企業とも関連の深いインドネシアを例に挙げ、イスラームの”新たな”一面を紹介していく。

  1. なぜインドネシアなのか?
  2. イスラームの基本情報
  3. インドネシアから見るイスラーム
  4. インタビューを終えて

なぜインドネシアなのか?

イスラームが信仰されている地域といえば、発祥の地でもある中東が有名である。
この記事で中東ではなくインドネシアからイスラームを見てみる理由は三つある。


一つは、インドネシアが著しい経済発展を遂げている最中で、日系企業との関わりも非常に深い国であるということである。
実際に進出している企業としてイオンモールやいすゞなど数多くの大手企業が存在する。


二つ目に、インドネシアの人口規模がある。
インドネシア政府の統計によると2015年の時点でインドネシアの人口は約2億5500万人と非常に多く、またインドネシアの宗教省による統計では全体の87.21%がイスラームを信仰しているという。


つまりインドネシアには2億人以上のイスラーム教徒がおり、この数は一つの国家が有するイスラーム人口として世界最多なのだ。
この点から、インドネシアはイスラームの中心地域の一つと言える。

ヴェールを纏ったイスラーム教徒

そして最後に、インドネシアで信仰されているイスラームの形態が、他の宗教に対する態度や戒律に対して寛容な特徴があるためである。

先述のようにインドネシアは人口の多くがイスラーム教徒であるが、キリスト教、仏教、ヒンドゥー教、儒教など、他の宗教を信仰する人々も共存している。
他の宗教の信者を攻撃するイメージとは程遠い。

また、女性を抑圧するイメージのあるヴェールに関しても、中東では真っ黒なものや目しか露出しないものが一般的だが、インドネシアではファッションに活用されているという。
女性たちはカラフルなものや飾りのついたものなど多種多様なヴェールを着用しており、ヴェールを纏ったイスラーム教徒向けのファッションショーなども開催されている。

イスラームに対して持たれているネガティブなイメージの要因として特に考えられるものは、他の宗教への攻撃や戒律の強制など”不寛容な印象”である。
そのため、寛容さが特徴的なインドネシアの信仰形態から、ニュースなどで報道される方向とは異なる視点でイスラームを紹介したい。

イスラームの基本情報

イスラームについて学習する機会は、中学か高校の世界史くらいしかなく、その内容ももうほとんど覚えていないという人もいるだろう。
そこで、イスラームの基本情報を確認しておく。


唯一神アッラーを信仰する一神教であり、偶像崇拝を禁じている
※偶像崇拝:神や預言者(唯一神であるアッラーから言葉を授かり、人々を導く役目を与えられた存在)であるムハンマドをかたどった絵や彫刻などを作り、それを神の化身として崇拝すること

▶ 豚肉や酒を飲み食いしてはならない、女性はヴェールをつけなければならないなど、生活に関わる規定をする戒律が存在する

▶ キリスト教・仏教と並び(※仏教ではなくユダヤ教をカウントすることもある)世界三大宗教の一つと言われ、信者の人口規模はキリスト教についで多く、16億人の信者がいる


これらを踏まえた上で、研究者へのインタビューを通じて「イスラーム」の理解を掘り下げていく。

インドネシアから見るイスラーム

インドネシアからイスラームのことを理解すべく、慶應義塾大学専任講師でインドネシアの女性イスラーム信者のファッションについて研究している野中葉氏にインタビューを行った。

質問内容として、大きく以下の3点に分けてお聞きした。

1. イスラームの戒律について
2. インドネシアの女性のヴェールについて
3. インドネシアのイスラームの信仰形態について

1. イスラームの戒律について

―イスラームと聞いて連想されがちなものとして、豚肉やお酒の禁止と言った食べ物に関する規定がありますが、そう言った規定にはどのような意味があるのでしょうか?

豚は伝染病を媒介すると信じられていたため、信者が食べて病気になってしまうことを防ぐための規定だったのが残っているという説があります。

お酒に関しては、この規定が下される以前、イスラームの発祥の地だったアラブの人々はとてもたくさんお酒を飲む人たちで、礼拝の時にも酔っ払った状態でくる人がいるほどだったそうです。酔っ払っていてはクルアーン(イスラームにおける聖典。イスラームに関する諸事象の全てが書かれていると言われている)の章句がうまく読めないなど弊害が多かったので、お酒は禁止されたと言われています。

とはいえお酒に対しては解釈が多く、酩酊することがよくないのだと考えて、少しだけお酒を飲むイスラーム教徒も存在します。

―なるほど、食べ物に関する規定は、信者の健康やより良い生き方を示すためのものだったということですね。お酒を飲むことへの解釈は、個人の裁量に基づくということでしょうか?

個人の裁量というのは少し違います。
解釈の幅が許されていると言った方が正しいです。
イスラームの戒律には明示的にクルアーンに書かれている幹としての部分と、イスラーム法学者と呼ばれる人々が下す解釈に基づく枝としての部分があります。

幹の部分は時代や場所に左右されない不変的な戒律ですが、戒律の大部分は枝の部分が占めています。
この部分は人間の理性と英知を使って柔軟に解釈するべきといわれており、時代によって様々な解釈が存在します。

禁止の戒律に関しても、なぜ禁止されているのかをきちんと把握できていれば許容される部分も存在します。

 

2. インドネシアの女性のヴェールについて

―インドネシアでは色や飾りなど極めて多種多様なヴェールの着用がなされていますが、ヴェールに関する規定はないのでしょうか?

クルアーンには食べ物の規定は具体的なものが多いですが、服装に関しては概略的なことしか書かれていないのです。女性にヴェールの着用を義務付ける規定はありますが、大きさや色に関する規定は言及されていないのです。

ヴェールは女性が髪や肌を露出することで男性をみだりに誘惑してしまうことを防ぐためのものであり、そのことが理解できていれば時代に合わせた解釈の幅が許されています。
特にインドネシアではかなり許容の幅が広い上、一元的に規定する機関がなく多くの宗教指導者が多様な解釈を持っているため、非常に解釈の幅が広いのです。

中東の一部国家など地域によっては宗教学者や男性の力が強く、女性の服装に関する規定が厳しいところもありますが、少なくともインドネシアではヴェールの着用に解釈の幅が認められています。

―なるほど。インドネシアでは、ヴェールの着用は女性への抑圧ではなく、女性たちは自分の意志で、自己表現としてヴェールを着用しているということでしょうか?

自分の意志かどうかということに関しては、必ずしもそうとは言い切れません。
神から命じられてヴェールをつけている訳ですから。
ヴェールを自分のイスラーム教徒としてのアイデンティティとしてとらえているという言い方が正しいでしょうか。

神からのメッセージを遵守しているということをヴェールが現しています。
他人の目にもすぐにイスラーム教徒であるとわかること、着用することで常に自分のイスラームの信仰を実感できること、そしてその姿を神に見せることという意味があるので、イスラーム信者としての自己表現という言い方が正しいかもしれません。

3. インドネシアのイスラームの信仰形態について

―インドネシアは世界最大のイスラーム教徒人口を持ちながら、キリスト教や仏教を信仰する国民もいます。多神教を否定しているイスラームは、どうやって他の宗教と共存しているのでしょうか?

インドネシアだけに限った話ではなく、そもそもイスラームでは「私には私の宗教があり、あなたがたにはあなたがたの宗教がある」ということがクルアーンに書かれています。
別の宗教の存在が、元々宗教レベルで認められているということです。

インドネシアに関した話でいえば、一つは国家レベルの背景があります。
インドネシアの憲法の中で、イスラーム、仏教、ヒンドゥー教、カトリック、プロテスタント(カトリックとプロテスタントはインドネシアでは別々の宗教と考えられている)、儒教の六つが対等なものとして認められているのです。

また、イエス・キリストはイスラームの預言者であるムハンマドと同じ預言者であるという内容がクルアーンに書かれています。
そのため、アッラーから言葉を授かった預言者が広めた宗教として、イスラームにおいてイスラームとキリスト教は対等であるということが不変的な教えのレベルとして説かれているのです。
また、イエス・キリスト以外にもモーゼや方舟で有名なノアなど、クルアーンにはムハンマドと同じ預言者として24人の名前が書かれているのですが、これら以外にも預言者は存在したと考えられています。
(ただし、ムハンマドの登場以降には預言者は現れないとクルアーンに書かれている。)

クルアーンに書かれていない預言者の一人がブッダであるという解釈も存在します。
そのため、解釈の上で仏教もイスラームやキリスト教と対等であると考える人もいます。

憲法と解釈によって、インドネシアではイスラームと他の宗教は対等な存在であると認められているのです。

インタビューを終えて

今回のインタビューでわかったこととして、イスラームにおける戒律は信者のより良い生き方と健康のためのものであり、また時代によって様々な解釈が認められているということを強調したい。
イスラームにおける戒律は経典の文言とその解釈に基づいて制約されたものだが、単純に不自由を強いて抑圧するものではないのだ。

ニュースではネガティブなイメージが伝えられることの多いイスラームだが、この記事を読んだ方々が少しでも理解を深め、新たな価値観でイスラーム教徒の人々と接することができるようになったなら、この記事は大きな意味を持つだろう。

(文責:斎藤悠人)

【研究者インタビュー】

▶ あなたは大丈夫?正しい情報を読み取る方法
(江下 雅之:明治大学情報コミュニケーション学専攻教授)

▶ パフォーマンスを大きく変える、ちょっとした”意識”の工夫
(大木 雄太:筑波大学大学院 人間総合科学研究科 博士後期課程 体育科学専攻)


▶ インドネシアから見る”知られざる”イスラーム
(野中 葉:慶應義塾大学専任講師)

カテゴリ

社会科学

関連記事

本に書いてあることが正しいとは限らない

間違った「定説」が誤った解釈を生み、世界を見えにくくさせる 政治家や外交官、官僚、研究者ら地政学の専門家たちにも広まっている「定説」は、インターネット上に限らず、新聞や雑誌、本においても、いくらでも見つけることができる。たいていの「定説」は事実から生まれるが間違いも多く、それが誤った解釈を生み、私たちが世界を正しく理解することを妨げているのだ。なぜ、それらは間違っているのか?その裏には、いったいど...

テロは脅威だが、重大視し過ぎてはいけない

間違った「定説」が誤った解釈を生み、世界を見えにくくさせる 政治家や外交官、官僚、研究者ら地政学の専門家たちにも広まっている「定説」は、インターネット上に限らず、新聞や雑誌、本においても、いくらでも見つけることができる。たいていの「定説」は事実から生まれるが間違いも多く、それが誤った解釈を生み、私たちが世界を正しく理解することを妨げているのだ。なぜ、それらは間違っているのか?その裏には、いったいど...

ドナルド・トランプこそがアメリカを弱体化させている

間違った「定説」が誤った解釈を生み、世界を見えにくくさせる 政治家や外交官、官僚、研究者ら地政学の専門家たちにも広まっている「定説」は、インターネット上に限らず、新聞や雑誌、本においても、いくらでも見つけることができる。たいていの「定説」は事実から生まれるが間違いも多く、それが誤った解釈を生み、私たちが世界を正しく理解することを妨げているのだ。なぜ、それらは間違っているのか?その裏には、いったいど...

「オバマがアメリカを弱くした」という批判は見当違いである

間違った「定説」が誤った解釈を生み、世界を見えにくくさせる 政治家や外交官、官僚、研究者ら地政学の専門家たちにも広まっている「定説」は、インターネット上に限らず、新聞や雑誌、本においても、いくらでも見つけることができる。たいていの「定説」は事実から生まれるが間違いも多く、それが誤った解釈を生み、私たちが世界を正しく理解することを妨げているのだ。なぜ、それらは間違っているのか?その裏には、いったいど...

専門家に聞いても国際情勢は理解できない

間違った「定説」が誤った解釈を生み、世界を見えにくくさせる 政治家や外交官、官僚、研究者ら地政学の専門家たちにも広まっている「定説」は、インターネット上に限らず、新聞や雑誌、本においても、いくらでも見つけることができる。たいていの「定説」は事実から生まれるが間違いも多く、それが誤った解釈を生み、私たちが世界を正しく理解することを妨げているのだ。なぜ、それらは間違っているのか?その裏には、いったいど...

平成が終わる―今あらためて考える「天皇制」

2019年4月30日、天皇陛下の退位とともに「平成」は終わります。1つの時代が幕を閉じる日を目前に控えた今、私たちが考えるべきことは何なのでしょう。天皇制について考え直してみることは、中でも大きな意義をもつのではないでしょうか?日本の天皇制は、憲法と切り離して考えることはできません。憲法の中で天皇がどうとらえられているかあらためて確認し、改憲論争の中で天皇制がどう変わっていく可能性があるかについて...

Facebook