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2018/01/30

第1回 使える教養とは何か?

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テクノロジーの進化・社会への浸透のスピードが上がり、資本や経済圏の在り方が変わる時代になりました。
例えば、信用や価値がデータとして可視化できるようになり、資本経済から価値経済に変わっていこうとしています。
それは、そのものの価値がより重要視されるようになってきたということです。

では、価値が重要視される未来に向けて、これから私たちはどういったことを学び、どのように価値を発揮していけばよいのでしょうか。
その答えの一つが「リベラルアーツ」と考えています。

しかし、リベラルアーツ、と一口に言っても定義や内容は玉石混交で、正しい(=質の高い)情報を体系的に学ぶことは難しいのが実情です。

そこで、これからの時代に役立つようなリベラルアーツの学び方について、裁判官や大学教授を経験し、リベラルアーツを体現してきた瀬木比呂志さんの新刊『リベラルアーツの学び方』をベースにご紹介いたします。

  1. リベラルアーツとは何なのか?そして、なぜ学ぶ必要があるのか?
  2. 横断する知識とは?

リベラルアーツとは何なのか?そして、なぜ学ぶ必要があるのか?

リベラルアーツの起源

「リベラルアーツ」は、ギリシア・ローマ時代、当時の自由人(=奴隷ではない人)が学ぶべきとされた学問が起源になります。
文法学、修辞学、論理学、算術、幾何学、天文学、音楽の自由七科のことで、現在の大学でいえば教養課程の科目に相当します。

広義のリベラルアーツ

しかし、近年注目されている意味での「リベラルアーツ」は、大学における基本科目という趣旨よりも、もともとの意味、すなわち、「人の精神を自由にする幅広い基礎的学問・教養」という趣旨を指しており、とりわけ、その横断的な共通性、つながりを重視する含みをもって用いられる言葉だといってよいでしょう。
つまり、実践的な意味における生きた教養を身につけ、自分のものとして消化する、そして、それらを横断的に結び付けることによって広い視野や独自の視点を獲得し、そこから得た発想を生かして新たな仕事や企画にチャレンジし、また、みずからの人生をより深く意義のあるものにする、そうしたことのために学ぶべき事柄を、広く「リベラルアーツ」と呼んでよいと思います。そのような意味におけるリベラルアーツは、自然・社会・人文科学のみならず、広い意味での思想、批評、ノンフィクション、そして各種の芸術までをも含まれるとみていいでしょう。

なぜリベラルアーツが必要なのか

リベラルアーツを学ぶことの意味、その学び方を身につけることの意味、それは個々の人々が自分の頭で考え、自分の頭で判断して、人生や社会の在り方に新たな局面を切り開いてゆくことです。

我が国では、社会の成長の仕方も変わり、雇用の在り方も変わり、世界に対する日本の在り方も大きく変わりました。
単線的な成長も終わり、生涯雇用の仕組みも崩れ、より世界との競争力が必要な時代になっています。

社会の成長を例にとれば、現在の日本は、バブル経済崩壊の後、長く停滞の時代が続いています。
その停滞の根本的原因は構造的、経済的なものです。
しかし同時に、世界のあり方が大きく変わったにもかかわらず、日本や日本人が権威主義的な教育や古い枠組みに固執していることや、解決に向けて十分に動けていない状況にも原因があるのではないでしょうか。

古い枠組みのままでは、官僚や社会・国家の劣化につながるとともに、人々に“自分で考える力”は身につきません。
世界が変わっていく中で生き抜いていくための基本的方法・戦略としてリベラルアーツが大切となっているのです。

横断する知識とは?

教養にジャンルは関係ない

よく、「アニメや漫画=娯楽、学問=リベラルアーツ」という誤解があります。
リベラルアーツは、ジャンルにとらわれた考え方はありません。

いわゆる「漫画」も立派な教養の一分野です。
たとえば、ある漫画の一つのセリフがその人にとっての「真理」をよりダイレクトに伝えているといったことも、十分にありえます。
生き生きとしたポップなものに乗ったメッセージも大切なものなのです。

タコつぼ型ではなくササラ型の知識体系

政治学者の丸山真男は、『日本の思想』〔岩波新書〕の中で、ササラ型とタコツボ型という言葉を用いて、文化の型の分類を行っています。

ササラ型というのは、竹や木の先のほうを細かく割って作った洗浄器具や楽器のことです。この「根元がつながっている」考え方を象徴しています。
一方、タコツボ型というのは、孤立したタコツボが相互に無関係に並立している、ごろごろころがっているものです。
丸山は、ヨーロッパの近代科学は本来ササラ型で下のほうではつながっているのに、 日本ではササラの上のほうの個別化された部分だけが移植されたため、タコツボ化した知識を習得していると指摘しています。

自分で考えられる力

タコツボ型社会からの脱出のためには、ササラ型の教養、つまり横断的なリベラルアーツを身につけることが必要です。
横断的な知識を共有することによって、他分野、他集団の人々や海外の人々と様々な“生きた”コミュニケーションを行うことができます。
それは、自分の考えを多角的に深めていくことに繋がり、新たな世界の見え方につながっていくのです。

本書の表紙イラストも、そしてこのササラ(型思考の大切さ)がモチーフとなっています。

【まとめ】

  • リベラルアーツを学ぶことで、人々が自分の頭で考え、自分の頭で判断して、人生や社会の在り方に新たな局面を切り開いてゆける
  • タコツボ型ではなく、ササラ型の知識を身につけることが大切
  • 教養にジャンルは関係ない
リベラルアーツの学び方

リベラルアーツの学び方 エッセンシャル版

著者:瀬木比呂志
出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン
ISBN:978-4-7993-2210-9

Amazon:https://www.amazon.co.jp/dp/4799322109
D21サイト:http://www.d21.co.jp/shop/isbn9784799322109


【連載一覧】

<第1回 使える教養とは何か?>
<第2回 リベラルアーツを身につける>

カテゴリ

人文科学

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